SUMMARY作品解説
ブールデルは、「近代彫刻の父」と称されるオーギュスト・ロダンの助手として、1893年から15年間に渡って共に仕事をし、独立後はロダンの後継者としての地位を確立していった。 ブールデルはその生涯においていくつもの記念碑を手がけているが、その中でも特に重要なものが、ブエノス・アイレスにある《アルヴェアル将軍記念碑》である。1912年、ブールデルは、南米アルゼンチン共和国政府より、同国独立の英雄カルロス・マリア・デ・アルヴェアル将軍の記念碑の制作依頼を受けた。10年以上の歳月を経て、1926年に完成したアルヴェアル将軍の記念碑は、高さ14メートルの台座に設置された勇壮な巨大騎馬像で、その台座の四方には、《勝利》《自由》《力》《雄弁》を表す四つの寓意像が設置されていた。本作はそのうちの《勝利》の像にあたる。 《勝利》と《自由》のモデルはアメリア・ヴィアラールという農家の娘で、健康な力強さがブールデルのお気に入りであった。《勝利》を制作していた1916年、第一次世界大戦中のパリはドイツ軍の攻撃にさらされていた。疎開をすすめられたブールデルは、「《勝利》の像を仕上げること。これが私なりの戦いなのだ」と語っている。フランス軍がヴェルダンの戦いで勝利したあと、《勝利》と《自由》の像に、「首への打撃」からの防御を象徴するものとして三つ編みの髪を付け加えられた。この編髪は、アメリアが髪の手入れのために、夜寝る時に編んでいたことに着想を得たという。また剣と盾を携えた勇壮な像の足元から生えた植物は、西洋美術で伝統的に「勝利」を象徴するアイテムとして登場するシュロと思われる。
ARTIST作家解説
エミール=アントワーヌ・ブールデル
Émile-Antoine Bourdelle1861-1929
南仏の町モントーバンに生まれる。父は町の家具職人で、幼い頃からその仕事を手伝い、木彫りの技術などを習得する。15歳の時、トゥールーズの美術学校に入学。7年後、市の奨学金でパリのエコール・デ・ボザール(国立高等美術学校)に進学し、アレクサンドル・ファルギエールに師事する。またパリ14区にアトリエを見つけ、生涯の制作拠点とした。30歳の時、独立。以降、サロンやサロン・ドートンヌなど展覧会への出品を続けた。1893年に故郷モントーバン市から《1870年の戦いの記念碑》の注文を受ける。またこの頃、オーギュスト・ロダンと行動を共にするようになり、以来15年間付き添う。この間、ロダンからも学び、徐々に量感をもった独自の彫刻様式を形成していく。1900年代に入り、《ペネロープ》《弓をひくヘラクレス》など力作を発表。1911年から13年にかけてシャンゼリゼ劇場の正面装飾に従事した。1912年には代表作となる、アルゼンチン解放の英雄を主題とした《アルヴェアル将軍記念碑》を受注し、10年以上の歳月をかけ、1926年に完成に至った。
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