1810年/油彩、カンヴァス
120.0×96.3cm
SUMMARY作品解説
月明かりが仄かに窓辺を照らす室内で、灯火の光で手紙を読むナポレオンが描かれている。二角帽に軍服を纏い、腰に剣を帯びた姿は、戦場で指揮をとるナポレオンの勇姿を彷彿とさせる。 本作はベンヴェヌーティが1812年に描いた《サクソン人の誓い》(Oath of the Saxons/ Le Serment des Saxons)(フィレンツェ、ピッティ宮殿)に描かれたナポレオンの立ち姿とほぼ同じポーズをとる。 《サクソン人の誓い》は、1806年にフランスとプロイセンが争ったイエナの戦いのあと、サクソン人がナポレオンに忠誠を誓う場面を描いた作品である。そこでは、夜の雲間に浮かぶ三日月の淡い光で照らし出されたイエナの街を背景に物語が紡がれる。イエナ大学の石畳の前庭で、戦いに敗れたサクソン人たちがナポレオンに忠誠を誓うように手を前に差し伸ばし、ナポレオンは彼らを受け入れるように慈愛に満ちた眼差しで右手を差し出している。そしてその場面は、ナポレオンの部下が掲げる灯火によって神々しく照らし出されている。この構図には、新古典主義の画家ダヴィッドの《ホラティウス兄弟の誓い》(Oath of the Horatii/Le Serment des Horaces)(1784年、ルーヴル美術館)の影響がうかがえる。 本作の肖像では、《サクソン人の誓い》に描かれているナポレオンの膝から上の立ち姿をそのままに、場面は室内に置き変わる。サクソン人に差し出された右手は本作では手紙を持つ手となり、まわりの群衆も消えて、灯火が照らし出す静謐な空間でただ一人、手紙に目を落とし思索に耽るナポレオンとして描き出されている。また窓から見える雲間の月がアクセントとなり、画面に詩的な雰囲気を醸し出している。一つの光源によって画面全体に陰影をつけて、立体感や神聖な緊張感を生み出す表現には、バロック絵画の巨匠カラヴァッジオやジョルジュ・ド・ラ・トゥールらが用いた明暗表現(キアロスクーロ)の伝統的な手法を見ることができる。 本作の制作年については1810年とされているが、資料が不十分なため《サクソン人の誓い》よりも以前に描かれたものかあるいは以降に描かれたものかは評価が分かれるところであり、今後の調査が待たれる。
ARTIST作家解説
ピエトロ・ベンヴェヌーティ
Pietro Benvenuti1769-1844
イタリアのアレッツォに生まれたベンヴェヌーティは、1781年からフィレンツェのアカデミア美術学校で、ジュゼッペ・ピアットリ(Giuseppe Piattoli)(1743-1823年頃)やサンテ・パチーニ(Sante Pacini)(活躍期:1762-90年)ら、新古典主義の画家たちに学んだ。その後、1792年から1803年にかけてローマに渡り、ローマでの新古典主義運動の中心的画家ヴィンチェンツォ・カムッチーニやアントニオ・カノーヴァに大きな影響を受けた。このローマ滞在中には、アレッツォのマルカッチ司教のために《聖ドナートの殉教》(Martyrdom of St Donatus)(1794年、アレッツォ大聖堂)を制作している。1803年、トスカーナ大公妃でナポレオンの妹エリザ・バッチョッキ(旧姓ボナパルト)に宮廷画家としてフィレンツェに招かれ、フィレンツェ美術アカデミーの校長にも任命されるなど、フランス統治下のイタリアで活躍した。また同年、ローマのアカデミア・ディ・サン・ルカ(聖ルカ・アカデミー)の会員にも選出されている。 《エリザ・バッチョッキと娘》(Elisa Baciocchi and her Daughter)(1809年、ヴェルサイユ宮殿美術館)などのような宮廷肖像画を手がけるとともに、古典の研究に基づいた新古典主義の歴史画も描いている。ナポレオンから依頼を受けて、1806年のイエナの戦いの勝利を描いた《サクソン人の誓い》(The Oath of the Saxons)(1812年、ピッティ宮殿)は彼の代表作である。
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INFORMATION作品情報
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