
川瀬巴水《馬込の月(「東京二十景」より)》昭和5年(1930)木版多色刷
現在開催中の「旅路の風景展」に出品されている作品をご紹介させていただきます。
《馬込の月》は巴水の代表作としてとても人気のある一点で、大田区馬込の風景です。この一帯は、江戸時代までは郊外の農村地帯でしたが、明治9年に大森駅が開通し、別荘地としての開発が進みます。その後、多くの文士、いわゆる文筆家や芸術家が移り住み、「馬込文士村」とも呼ばれるようになりました。 川瀬巴水も昭和5年にこの馬込(現在の大田区南馬込)に洋館を新築して移り住んで来ます。
この絵では、満月を背景に、三本の松が、とても美しいシルエットを形作っています。農家の窓からもれる灯りが、夜の帳が下りた田園風景に、人の温もりを添えてくれます。
ここに描かれた三本松は、室町時代か戦国時代に植えられたと伝えられる樹齢5~600年の松の木で、馬込のランドマークとして長年親しまれていました。 残念ながら昭和初期に失われてしまいましたが、現在も「三本松塚」や「三本松」バス停、「三本松交番」といった表記にその名残を見ることができます。