
開催中のロイヤル・アカデミー展の出品作の解説を随時ご紹介します。
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(1849-1917)
《人魚》
1900年 油彩/カンヴァス 96.5×66cm
ディプロマ作品 1901年受入
© Royal Academy of Arts, London; Photographer: John Hammond
「“人魚” “人魚”頭を擦り付けた二人は同じ事をささやいた。」(夏目漱石『三四郎』より)。漱石が英国留学中であった1901年、本作がディプロマ作品としてアカデミーに寄贈された。ウォーターハウスは漱石お気に入りの画家であり、小説『三四郎』には、三四郎が思いを寄せる美穪子から画集を見せられ、そこに描かれた人魚の絵を一緒に覗き込むシーンがある。二人が密やかに共有した美の世界。この印象的な一節は、漱石が本作からヒントを得たくだりであるといわれている。
透き通るような肌と腰から下の艶めかしい魚の尾。どこか哀しげな表情で歌を口ずさみ、長い髪を梳かす、若く美しい人魚。ヴィクトリア朝を代表する詩人テニスンが1830年に発表した詩『人魚』の一節「美しき人魚が一人、歌を唄いて、髪をくしけずる・・・」から着想を得、魅力的な歌声で船乗りを誘惑し死へと至らしめるギリシャ神話の海の精セイレーンのような人魚神話の影の部分を表現している。
ウォーターハウスは、画家の両親のもとローマに生まれ、幼少期より父親から絵の手ほどきを受け、1871年にアカデミー・スクールに入学。シェイクスピアやアーサー王伝説など文学をテーマにした作品を多く描いている。
東京富士美術館 学芸員 平谷美華子(ひらやみかこ)