プレ三国志展ツアーの第1回目は、物語の始まるきっかけとなった「桃園の誓い」から始めることにしました。
本年6月の「三国志展」調査の最終日、洛陽(らくよう)から北京に戻った私たちは、三国志のドラマの開幕となった「桃園の誓い」の場所を見るために、朝早く北京を発って楼桑村へと向かいました。
北京から南へ約60キロ、今は、中国国内のどこへ行くにも自動車専用道路が整備されているので、楼桑村へは一眠りしている内に、1時間半ぐらいで着きました。ひなびた田舎町を想像していたのですが、河北平原のトウモロコシ畑に囲まれたこの地は、いまでは人口も10万人を超え、街の中心にはビルが建ち並び、商店街が賑やかにひろがっていました。街から少しはずれると、田園風景のなかに薄い黄色にぬられた、古い平屋建ての集落が点在していました。私たちの車が、一つの集落のなかへ入っていくと「大樹楼桑中心小学」と書かれた地元の小学校があり、さらに進むと「勅建三義宮」と書かれた朱色の立派な門が見えてきました。劉備が生まれた家は残っていませんが、この地の人々は偉人が生まれた故郷として手厚く祀り、その功績を今に伝えていました。「三義宮」の中に入ると、敷地のなかには前殿、後殿をはじめいくつかの楼閣があり、劉備や関羽(かんう)、張飛(ちょうひ)をはじめ、孔明(こうめい)、子龍(しりゅう)など蜀(しょく)の重臣などが祀(まつ)られ、ところどころに当時の記録をしるす碑が建っていました。
案内をして下さった方から、こんな話が言い伝えられていることを聞きました。劉備がまだ幼い日のこと。家には大きな桑の木があって、いつも近所の子どもたちとこの下で遊んでいました。ある日、叔父とこの桑の木を見ながら、「僕は大きくなったら、天子になって、こんな形をした貴人の馬車にのって駆けめぐるんだ」と言ったといわれています。今はもうこの桑の木はありませんが、清朝末ごろまではその切り株が残っていて、子ども20人ぐらいが乗れるほどの大きさだったと。
「三国志演義」には、張飛の家の裏で「桃園の誓い」が行われたと書かれていましたので、私たちはここから2キロほど北へ行った張飛の故郷へ向かいました。張飛店とよばれるこの集落の中へ入っていくと、広々とした畑の向こうに立派な張飛廟が見えてきました。
門をくぐると、張飛の家で使われていた井戸と伝えられる「張飛古井」の石碑があり、門の中へ入っていくと、そこは広々とした桃の果樹園になっていました。さらに進んでいくと左前方に劉備、関羽、張飛の3人が、酒を酌み交わしながら豪快に語り合っている彫刻が見えてきました。
桃の木越しにその様子を眺めていると、なにか1800年という歳月が一気にタイムスリップしてしまいました。3人が生涯にわたる契りを交わすその姿には、時代を経ても変わることのない、未来を目指す青年の清々しい志とロマンが漂っていて、思わず私も微笑んでしまいました。
この時、弱冠24才の劉備を中心とする3人の義士たちは、この日の誓いを胸に、大いなる志とロマンを持って旅立ちをするのです。
「三国志演義」の作者の羅貫中(らかんちゅう)は、この雄大な物語を書きはじめるに当たって、その旅立ちを飾るにふさわしい、爛漫と咲きほこる桃園での誓いから書き始めました。その情景は三国志の物語のなかでも最も美しい情景として私たちの脳裏に焼きついています。
どこにでもあるような自然に包まれた慎ましい田舎村、風景は起伏もなく単調でこのような穏やかな場所からは、とても歴史を動かすような事件も革命も起こりそうもないように思えるのですが、若き日に芽生えた友情の灯火は、生涯にわたって3人の命に燃え続け、やがて巍、呉、蜀という三国鼎立(ていりつ)の舞台を作る、大いなる役割を果たしていくことになるのです。
短時間の楼桑村での滞在でしたが、劉備の故郷を訪れたわたしたちは、やっと三国志物語の発端となった場所に来ることができ、なにかほっとした安堵感を味わうことができました。
帰り道はいつの間にかまた眠りに就いていました。目を覚ますと大きな橋を渡っていました。左手の方に盧溝橋が見えていました。かつてマルコ・ポーロが世界で最も美しい橋と称えた橋ですが、今から70年前の7月7日、あの不幸な日中戦争を引き起こす発端となった記念すべき場所でした。
この橋を眺めながら私は思いました。私たちスタッフは、三国志のドラマを日本に伝えるために、多くの方々と友情を結びながら中国各地を巡っていますが、地道ではあっても展覧会をつくる作業を通して、文化の力をもって新しい時代の友誼の道を築いていかなければならないと。
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